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高取城

 投稿者:忍び駒  投稿日:2015年 7月22日(水)10時04分0秒
返信・引用
  かるほ様
「辰巳 高取 雪かと見れば 雪でござらぬ土佐の城」という俗謡があるとだけ、あちこちに紹介されていますが、
わからないことがあるので教えて下さい。

① 「俗謡」とだけ書かれていますが、なんと云う題名の俗謡集に収められたものなのでしょうか。
  俗謡の名前も、歌われた時代も、どんな時にだれによって歌われていたものかも分かりません。
  お座敷歌のようですが、それとも民謡や労働歌の類でしょうか、或いは流しや門付けの歌でしょうか。

② 「辰巳 高取」とありますが、高取城は奈良や郡山から眺めたのでは、辰巳(南東)の方向には見えないように思います。
  どっちかというと真南に近い方向になると思いますが、一体どこからの眺めを歌にしたものなのでしょうか。

③ 高取城の山麓に佇む「土佐」という地域を通りました。土佐国から徴用され、帰国を諦めた人々の住んだ地域だそうです.
     何時の時代に、何の目的で 連れて来られた人たちなのでしょうか。

理屈っぽくなって申し訳ありません。私は邦楽に関心があり、特に小唄では名取を頂いております.。
この歌をぜひ聴いてみたいと思っておりますので、CDなどがありましたらご紹介頂きたいと思います。
 
 

高坊一族 

 投稿者:忍び駒  投稿日:2015年 7月22日(水)09時18分8秒
返信・引用
  かるほ様のご説明のそのまんまですが、昨年の5月、上ツ道を歩いた時に書いたものを以下に
転載しておきます。「百街道一歩」さんのブログにも同様の文章が記載されています。
・・・・・・・・・・
先日、百街道一歩さんのお供をして、奈良の旧街道(上ツ道)を歩いた際に、
中将姫伝説にゆかりのある誕生寺、徳融寺、高林寺などにも立ち寄りました。

特に、高林寺に立ち寄ったのは、茶人サロン「高坊一族」のことを少しでも知りたいと
思っていたからです。寺は非公開の日であったにも拘らず、我々は境内に入り込んで、
中将姫伝説の父・藤原豊成の廟塔などを見せてもらいながら、
高齢のご住職から「高坊一族」についてのお話を伺いました。
高林寺は尼寺ですが、現在では融通念仏宗の寺となっていて、
「高坊一族」に所縁の茶室も再興されていました。

高林寺は、かつて元興寺にあった多くの塔頭(坊)の一つで、
高地にあったことから、「高坊」と呼ばれたのだそうです。
この高坊高林寺に出入りする数寄者たちの作り上げた一大サロンが
「高坊一族」と呼ばれ、室町時代から、多くの茶人、連歌師などが集まり、
住み込んで、奈良町の文化の中心地となっていたようです。

豊臣秀吉が織田信長の追善のために建てた、京都大徳寺の塔頭・総見院の開山となり、
千利休の禅の師であった「古渓宗陳」、
明智光秀の謀反を事前に知っていた唯一の人物といわれる連歌師の「里村紹巴」、
僧で連歌師の「心前」などの有名人がサロンの中核を形成していたようです。

秀吉の北野大茶会に茶席を設けたり、堺の豪商・津田宗久に招かれたとなどいう
記録類が数多く残っていると伺いました。以上
 

伊勢本街道 高取城

 投稿者:忍び駒  投稿日:2015年 7月21日(火)09時32分27秒
返信・引用
  かるほ様

7月になって2回奈良に行きました。
最初は「伊勢本街道」の続きを2日間歩き続けて、榛原~曽爾~御杖~伊勢奥津まで来ました。
いよいよ、大和国をぬけて伊勢国に入り、あと2日半ほど歩けば伊勢神宮に到達する予定です。

ところで、国道にも「伊勢本街道」という名前がついているようですね。
吉野の窪垣内から榛原の萩原に至る、旧・上市街道が、国道「伊勢本街道」に含まれているようなので、
ちょっと変だぞと思いました。

2度目は、飛鳥の民宿で2泊、京都に1泊して、高取城、明日香、芋峠、藤原宮、平城宮、
佐紀盾列古墳群、般若寺などを歩き廻り、翌日は京都の祇園祭を見て帰りました。
暑さと疲労で3回だけですが意識がなくなりました。

高取城で歴史好きのおじさん達のグループと出会った時のことです。
「これほど堅牢なお城を少人数で攻めるとは天誅組も無謀でしたね」と話しかけると、
シーンと静まり返ってしまいました。

 

暑い中…

 投稿者:かるほ  投稿日:2015年 7月15日(水)00時05分39秒
返信・引用
  アッキーさん

暑い中、ご苦労様でした(^^)
葛城古道ですか~しばらく行ってないなあ。
(てか、そんなに何度も行ったわけじゃないけど)

わたしも駅から徒歩で南下するルートでまわりましたけど、
あそこは地形的に南ほど高いので、風の森までバスで行って、
北上(駅に向かっていく)する方が「下り」になってイイみたいですけどね。
(知らずに行って、ふーふーいう羽目になったし)
次回はそのルートで行こうっとココロに決めております。

私も再訪問のチャンスを狙っているのですが、
神社&お寺はすでに回ったので、古墳やら廃寺やらを中心に回りたいなあと。

そうそう、奈良は交通機関の時刻表は事前に手に入れてから行くのをオススメしますよ。
(今はリアルタイム検索ができるから問題ないのかもしれないけど。
前もって調べてから、シミュレートして行くと、時間のロスが少ないし)

かつて、山の辺の道を歩いたときに「疲れたら、国道を走るバスに乗ればOK」
とか書いてあるのを鵜呑みにしたら、バス停はあれども、バスは来ない(走ってない)
なんて羽目に陥り、一時間に一本しか走って無いJRを待つはめになったりしましたから。

看板は明日香のあたりは充実してますけど、
少なすぎる・判断に迷うところも多数ですね。
まあ、財政上の問題もありますのでなんともしがたいですし。
 

御所・葛城古道

 投稿者:アッキー  投稿日:2015年 7月13日(月)00時21分28秒
返信・引用
  昨日、御所に行ってきました。(京都御所ではなく、御所市です)大阪阿部野橋駅から、急行で尺土駅へ。2番線に着き、隣の1番線に停まっている列車に乗って10分たった時に、この列車は橿原神宮行とのアナウンス。慌てました。すぐ飛び降りて、また尺土駅へ。駅員さんに聞いて、やっと近鉄御所駅に。30分以上のロス。当初、バスで風の森まで行って、葛城古道を北上しようと考えていたが、バスは1時間に1本。駅前の観光案内所で聞いて、先に九品寺へ行くことに。鴨山口神社を経由したかったが、案内板がなく、わからず、工場の人や小学生に聞いて、やっと九品寺へ。九品寺は行基開創とかで、裏山斜面の千体石仏が見事。次いで、一言主神社へ。乳たれ銀杏は病気療養中。蜘蛛塚なるものもあった。長柄の町並みを見て、喫茶店で、コミュニティーバスがあると教えていただき(1日に3本、100円で安い)、高鴨神社へ。緑の木々に囲まれた、なかなか立派な神社だ! 風の森バス停まで15分歩き、近鉄御所駅へ。ざっと10キロ近く歩いたようだ。天気がよく、暑かったが、楽しかった。次回は鴨都波神社や宮山古墳、吉祥草寺へ行きたい。しかし、奈良へ行くときは、電車やバスの時刻表の確認や電車の行先の確認が必要と反省。なお、案内標識もいっぱい欲しいなあ。ねえ、かるほさん。  

難しい…

 投稿者:かるほ  投稿日:2015年 5月 8日(金)22時31分54秒
返信・引用
  忍び駒さん

セキチクってえらい洋風な感じがするんですが。
そんな頃からあったんですかね。
(→http://flower365.sakura.ne.jp/12/171.html

短歌の解釈もいろんな技巧を凝らして作るのが腕の魅せどころですが、
五七五はそれ以上に短い中に、いろんな意味を込めるので、
より一層難しいですよねー。
同じく勉強になりました。
 

セキチク(石竹)

 投稿者:忍び駒  投稿日:2015年 5月 7日(木)06時58分33秒
返信・引用
  かるほ様
有難うございました。
「石の竹」の意味が全く分かりませんでした。
「セキチク」(石竹)という草花があるんですか。
そして「なでしこ」の一種だったとは想像も出来ませんでした。
そう言えば、写真で見ると確かに葉っぱが何となく竹の葉に似ていますので
「竹」の方は何とか。でも「石」が付くのは不思議ですね。
この発句を詠んだ心前法師はともかくとして、意味を理解した人もすごいですね。
勉強になりました。
 

意味は…

 投稿者:かるほ  投稿日:2015年 5月 5日(火)00時15分51秒
返信・引用
  忍び駒さん

心前法師?どなたさま?とか思ったら、あのエピソードですね。
松永弾正が多聞城を作る際に、あちこちから石を集めていたというハナシ。
その石集めの中で、高林寺の豊成の廟塔などの石にも目をつけ、持ち去ろうとした時に、
これこれ、と諌めるために詠まれたというアレ。
あれを詠んだのが心前法師という方なんですかーはああ。
(ちゃんと公式テキストに書いてありましたわ)

"藤原豊成と中将姫の供養塔を持ち去ろうとしたとき、
心前(しんぜん)上人が「曳残(ひきのこ)す花や秋咲く石の竹」という句を詠んだ。
枯れ草の石竹(唐撫子=からなでしこ)も秋が来れば花を咲かすように、
荒れ果てた石塔も供養される時がきっと来るから、残して置くようにと訴えたのだ。
久秀はこの句に心を打たれ、供養塔は徴発を免れた。"
(→http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/c97d7f08b2eeccbc815fa1b8e766eff0

だそうです。

『曳き残す…』を詠んだことにより、この寺から石を持ち去ることは断念した、
というエピソードはそこここで見かけますが、その句がどんな意味で、
それを読んだ松永がどんな気持ちになったであろうかってことまでは考えが及びませんでした。
なるほどね。

よい勉強になりました。
 

発句の意味は

 投稿者:忍び駒  投稿日:2015年 5月 4日(月)07時24分42秒
返信・引用
  かるほ様
高林寺にかかわる、心前法師の発句だと言う
『曳き残す 花や秋咲く 石の竹』の意味が分かりません。
ご指導ください。
 

ソムリエぞくぞく☆

 投稿者:かるほ  投稿日:2015年 3月27日(金)22時24分5秒
返信・引用
  さららさん
ソムリエ合格おめでとうございますっ!
記述部分が何点かなんてのは、センセの都合(?)ですので(どーゆーいみだ★)
合格しているという事実の方が大切だと思いますよ(フフフ)
ソムリエが最終目的地ではなく、むしろそこからがスタートと思うと、
お勉強も、新しい知識も、まだまだこれからですから、
これをもとにますます奈良愛を育まれてゆかれますように(^^)


いやー、なんかスゴイですね~。
今年の合格者36名のうち、3人の方とお知り合いになっちゃったって(*^^*)
1/12ですよ>8%(わはは)

わたしもコツコツ勉強続けていこうっと。
(調べるそばから忘れていくトシになってきたけど(汗))

 

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